2007年01月27日

ようつべはみんなでつくるHDR

神田敏晶という人が書いた「YouTube革命(ry」という本を買ってみた。amazonレビューにある通り、まだ知らない人向けの薄っぺらい内容。” ようつべ” といえばフィギュアの動画を落としたり、鶴瓶の放送事故を見るくらいなライトユーザーの私ですら一晩どころか、 家と東京競馬場の往復で読めちゃうくらいだったもの。

神田サンという人はVJを名乗りながらどうも書き捨て三文ライターなのかな?  コイツ商売うめえな、あ〜700円損したとか思っていたのだけれど、わずかながら興味深い指摘もあった。

ユーザーあたりの平均利用時間では本家の米国を抜いて日本が一番らしいのだが、 日本人がアップロードするコンテンツはほぼすべてが著作権を侵害している違反投稿。対して米国人の投稿は、むろん過半ではないものの、 秘蔵の爆笑プライベートビデオや自己表現を目的とした動画が多いというものだ。

な〜るほど。日本人は"Broadcast Yourself"というYouTubeの本義とはまったく関係のない利用法でサーバに巨大な負荷をかけているわけだ。 なんか申し訳ないなあ。

このことについて少し検索してみたら、興味深い記事を見つけた。NBonlineの「Web2.0(笑)の広告学 マスコミがないと成立しない日本のYouTube」 というコラムである。以下一部引用。

日本のネットユーザーが見ているYouTubeコンテンツの多くは、主にテレビ局が作成した番組コンテンツを勝手に投稿したもの。 つまり日本人はYouTubeを「みんなでつくるハードディスクレコーダー」として活用しているのです。(中略) 皮肉に聞こえるかもしれませんが、ネットを見ていると日本社会における「マスメディアの力」を改めて実感するのです。

自己表現するよりは、「はいはい。見た見た」っていう共同体内における感情の同調性を重視する社会。いや、 自己表現は散発的に存在するんだけど、それらがまとまって大きなうねりになることはない社会。結局は「ジョジョ立ち」 みたいなただのオフ会で終わり(あれはあれでおもしろいけど)。
何かやることなすことすべてがその場限りの祭りだワショーイなんだもんな。

この記事のコメント欄にもあったけど、現在の日本社会は世代や経済格差、地域などによって細かく分断され、 互いに脚を引っ張り合っているように映る。しかもそれぞれが例外なく視野狭窄だ。近くの対象に向って吹き上がって、 一斉攻撃してスッキリしてそれで終わり。徹底して細切れにされた結果、結束して矛盾を正すのではなく、腐して終了となってしまう。 統治権力の側がナメてかかるのも当然だろう。

以前は、ウェブの存在が消え去った人々の横の繋がりを復活させるのでは、 それこそ統合の象徴にすらなりうるのではという期待はみんな持っていた。でもYouTubeの現状を知るとまだまだ先の話なんだなあ。 というかそもそもネットが(もしくは2ちゃん的言説が)一般化したせいで社会の劣化が一層進んだなんていうことになっちゃうのかなあ… まさにガクブルだ。

posted by Aequitas at 15:35 | 沖縄 ☔ | Comment(1) | TrackBack(0) | 書籍
この記事へのコメント
Wonderful post however , I was wanting to know if you could write a litte more on this subject? I’d be very thankful if you could elaborate a little bit more. Thank you!
Posted by men shoe lifts at 2013年07月25日 00:01
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。